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中学3年 修学旅行を実施しました!(1日目)

3年生は3泊4日で修学旅行を実施しました。鹿児島・知覧特攻平和会館での平和学習と世界自然遺産の屋久島を訪れ、環境学習と縄文杉へのトレッキングを実施します。

 

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大阪空港に集合です。

 

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搭乗手続きを済ませて、いよいよ出発です。

 

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約1時間の快適な空の旅でした。

 

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鹿児島空港に到着。鹿児島県民の誇り、西郷隆盛の巨大な銅像が出迎えてくれました。

 

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それでは、鹿児島の旅のスタート!

 

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空港近くのドライブインで昼食です。黒豚のしゃぶしゃぶをいただきました。美味しかったです。

 

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鹿児島市内から南九州市知覧町の知覧特攻平和会館を訪れました。太平洋戦争末期、この地に陸軍特攻基地があり、多くの若い隊員たちが家族・国の将来を思いながら出撃をしていきました。残された当時の遺品や記録から、平和の大切さ・ありがたさ、命の尊さを学びました。

 

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会館近くのちらん夢郷館へ移動して、戦中に基地近くで食堂『富屋食堂』を営み、多くの特攻隊員を母親のように支えた、特攻の母と呼ばれた鳥浜トメさんのお孫さんにあたる鳥浜明久氏にお話をいただきました。明久氏は、同じ過ちを繰り返さないために、トメさんと一緒に過ごした31年間に聞いた残された笑顔の写真や遺書の真実をすべてを語り継ぐ活動をされています。当時は検閲があったため、多くの隊員がトメさんに家族や恋人への手紙を託したり、特攻直前の葛藤をトメさんに打ち明けていました。日本は勝つと信じ、あるいは負けると悟り、日本の将来を想いながら出撃をされました。

一人一人の隊員に母親のように支えたトメさんの悲しみ、特攻せざるを得なかった若い隊員たちが、個人としていかに苦しみ、将来の日本を想い旅立っていたのかがとても伝わってきました。

 

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知覧を出て、1時間ほどで指宿シーサイドホテルに到着しました。

 

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1泊ですが、よろしくお願いします。

 

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夕食です。大変美味しかったですよ!男子はいっぱいおかわりをしていました。

 

1日目は無事終了です。明日はいよいよ屋久島へ渡ります。

 

生徒の感想文


○手紙や遺書にはお母さんや恋人あてのものが多かった。お母さんに対する感謝の気持ちがたくさんこめられていた。写真には笑っている人は少なかった。みんなたくましい顔をしていた。きっと、最後の写真だからかっこよく撮りたかったのだと思う。笑っている人はきっと、笑っていないと気持ちが落ち着かなかったからだと思う。講話を聴いて、いくら写真を撮るときに笑っていたり、たくましくしていても、実際はすごく悲しんでいたことを感じました。

○特攻隊員の遺書、手紙の特色は、勇ましい表現もあるが、ほとんど最後のほうは悲しみ、不安などがいっぱい書かれていることが分かった。恋人、友、家族への呼びかけが多かった。多分、みんなに「すまない、すまない。」という思いでいっぱいなんだと思いました。僕は、なぜ悲しいのか、不安なのかをもっと知りたいと思いました。特攻隊員はなぜ、皆、笑顔なのかは、多分、外見でも作っておかないと自分で自分を壊してしまいそうだからだと僕は思いました。

○授業で映画を見たときはあまり実感がなく、遠い昔のことなので私たちには関係ないかなと思っていました。しかし、実際に遺品などをみると、その考えはすぐに消えました。私たちと年も変わらない隊員の方たちが書いた手紙を見ると、手紙の一字一字が私の胸へ響いてきました。私はその時の気持ちはわかりませんが、悲しいことは確かです。こんな悲しいことは二度と行ってはいけないと思いました。

○遺書には、残された家族への感謝、心配や今までの人生の未練や後悔がたくさん書かれていた。翌日には自分も死んでしまうのに、特攻で志願した人はとても強く、優しいと思った。特攻へ志願することへの強い決意が分かりました。出撃前の写真の隊員に笑顔の人が多いのは、自分が死ぬことで国や家族、友人を助けることができると考えたからであり、当時はそれが名誉だったからだと思った。ここに来て、生きたくても生きることができなかった人たちの思いが分かったので、一日一日を精一杯生きようと思った。戦争は、兵士だけでなく、遺族や友人など悲しむ人がたくさんいるから、絶対してはいけないと思った。

○特攻隊員の遺書・手紙を見て、家族を思う気持ちが書いてあったり、母への感謝が書かれており、別れを惜しむ気持ちが伝わってきました。特攻の人たちは、みんな笑っていましたが、実は笑うしかなく、その笑った写真は遺影用の写真だったという話を聞いて、とても心が痛くなりました。本当は不安で家族のことがとても心配だったはずなのに笑えるなんて、自分なら絶対にできないなと思いました。後、当時の遺書で判断してはいけないと聞いて、富屋食堂に行って本当の気持ちを書いた手紙などを見てみたいと思いました。「生まれ変わったらホタルになって帰ってきます。」というセリフを聞いて、今はその時と比べたらとても平和で恵まれているなと改めて実感しました。 

○特攻隊の隊員たちは喜んで国のために死んでいったのではなく、大切な人、大切な故郷を守るために、日本が平和になることを望み死んでいったということを知り、とても悲しくなりました。大きな爆弾を積み、片道の燃料しかない飛行機に乗るというのはどんな思いか、自分は知ることはできませんが遺書を見て分かりました。「今までありがとう。」、「和平のため最善を尽くされよ。」、隊員の皆さんは日本がどうなっているかを知っており、日本は負けると分かっていながらも、平和を願っていたんだなと思います。」「御壮健をお祈りします。」という遺書がありました。自分が死ぬことより、相手のことを思えるというのは自分がその立場にあったら絶対にできないと思います。

○会館での手紙には、弟や妹への励ましや、母親や奥さんへの今までの後悔や感謝の気持ちを書いていた人が多く、また、遺書には「天皇万歳」や「お国の為に死にに行く」などという言葉が多く見られました。最初は「みんな死ぬのは怖くないのかな。」と思ったり、笑顔だったので「気持ちに余裕があるのかな。」と驚きましたが、映画を見たり、鳥濱さんの話を聞いたりしているうちに、「やっぱり、死ぬのは怖いし、平和に家族の人と生きていたいと思っているんだ。」と思えてきました。しかし、そんなことを口にしては、殺される勢いで暴力を受けたりするのを分かっているから言わなかったんだと思います。戦時中、もちろん兵士の人はつらい思いをしたと思いますが、家族も胸が張り裂けそうな思いで待っていたと思います。こんなことが、二度と起こらないように、次の世代へ伝えないといけないと思いました。

○特攻隊員の遺書・手紙を見て、家族を思う気持ちが書いてあったり、母への感謝が書かれており、別れを惜しむ気持ちが伝わってきました。特攻の人たちは、みんな笑っていましたが、実は笑うしかなく、その笑った写真は遺影用の写真だったという話を聞いて、とても心が痛くなりました。本当は不安で家族のことがとても心配だったはずなのに笑えるなんて、自分なら絶対にできないなと思いました。後、当時の遺書で判断してはいけないと聞いて、富屋食堂に行って本当の気持ちを書いた手紙などを見てみたいと思いました。「生まれ変わったらホタルになって帰ってきます。」というセリフを聞いて、今はその時と比べたらとても平和で恵まれているなと改めて実感しました。

 

2日目≫