新2年生を対象に、京都大学との高大連携講座である野生動物学初歩がこれまでと形を変え、〈『動物学ってなんですか??』プログラム〉という名前の集中プログラムで春休みに実施されました。生徒たちのため、大変な中にも関わらず京都大学霊長類学・ワイルドライフサイエンス・リーディング大学院野生動物学初歩実習関係者の皆様が企画してくださいました。参加した高校は本校の他、北野高校(大阪)と堀川高校(京都)で、3校合同の実習となりました。1日目は京都市動物園での実習です。
全員無事に集合時間に間に合いました。初めて来園する生徒がほとんどで心配していましたが杞憂でした。さすが熱い志望動機書を提出し選考を通過した生徒たちだけあり、やる気に満ちあふれています(申し込みをしてくれた生徒全員を連れて行けなかったことだけが心残りです)。気温が一桁と、肌寒い日でしたが園内では、桜が咲き始めていました。園内の説明を受けたときに、「動物園は借景を上手く利用したり昔からあった庭を配置したりして、この景観が作られています」とおっしゃっていましたが、園内を歩いているとどこを見渡しても美しい景色が目に入ってきます。
入園した後は、まずレクチャールームに入り、今回の企画や日程について説明を受けます。その後は、全員で自己紹介をしました。「獣医師を目指しています」「動物園の飼育員になりたい」「動物が好きです」「研究に触れてみたかった」「動物愛護に関心がある」など、今回の企画に対する生徒の意気込みが伝わります。自己紹介が終わると、今度は動物園職員の方に京都市動物園のレクチャーを受けます。動物の標本を見せてもらいながら、「園で亡くなった動物の皮や骨を資料として使わせてもらっています。例えば、骨格標本も何のためにあるかというと、動物の生態をより深く知るためなのです。」とお話が始まります。お話の中で、私が特に興味深く感じたのは、野生動物に触れたいと思う欲求は生理的なものかも知れないという内容でした。動物園の企画でジャガーの毛皮とゾウの毛皮を子どもたちに触ってよいと言うと、ほとんどの子どもがジャガーの毛皮を触ろうとするそうです。近年、動物愛護の観点から毛皮の生産を禁止するという話をよく聞きますが、色々と考えさせられました。
その後、部屋を出て、園内を案内していただきました。飼育されている動物の説明や、動物の飼育環境を良くするための工夫など、様々にお話いただきました。
案内していただいた後は、お昼休みを挟み、先生方のレクチャーを受けます。先生方のお話は四つの内容に分かれており、生徒たちは興味を持った内容ごとに分かれて実習をすることになっています。〈①動物福祉に関する内容〉では、「動物にも感情があり動物の心身の状態を考慮して関わることが大切だ。」とお話いただきました。環境エンリッチメントは、単に檻におもちゃを入れておけばいいというものではなく、対象となる動物の生育地の環境や動物の生態を理解した上で整備するものだという内容には考えさせられました。〈②キリンの母子関係に関する研究〉では、「キリンは野生下において離合集散型(=集団を形成するメンバーが固定ではなく、短ければ数時間でメンバーが入れ替わる)の集団を形成するが、飼育下においては集団のメンバーが変化しないためにストレスを受けていると考えられるので、社会環境について考えることが必要だ。」とお話いただきました。動物園で飼育されることによって、動物が本来あるべき集団を形成できていないという内容に驚きました。〈③大型類人猿における社会集団に関する研究〉では、「チンパンジーとボノボは川を挟んだ向かい側という非常に近い距離に棲んでおり、同じ離合集散型の群れを形成している。しかしながらそれぞれの集団で、チンパンジーはオス優位で階層的、ボノボはメス優位で平和的といったように社会性は大きく異なっている。」とお話いただきました。アフリカ現地でのフィールドワークは長ければ半年もかかり、セスナをチャーターしたり車のタイヤやオノなどを自分で購入して持参したりといった研究の大変さに驚きました。〈④比較認知科学の観点から身近な動物を考える〉では、「動物を深く知ることを通してヒトとは何かを理解し、ヒトと動物とのよりよい共生社会を目指している。中でも、最近は伴侶動物のような身近な動物とヒトとの絆について興味があり研究を進めている。」とお話いただきました。現在日本では年間約2万匹のイヌ・ネコが殺処分されており、その背景にはヒトと動物が上手に絆を形成できていないことが原因としてあるかもしれないという話や動物の家畜化といった話など、非常に興味深い内容でした。
レクチャーの後は、3つの班に分かれて観察実習に向かいます。実習は①~③のテーマをレクチャーいただいた先生方に直接ご指導いただきながら進めます。私は②のキリンの観察実習についていくことになりました。キリンは動きが少ないことや群れでの序列が見えるので、どういった行動をターゲットにして社会環境を調べるのかを全員で共有して観察に向かいます。
動きが少ないといっていたキリンですが、この日は動きが多く、行動を記録する生徒の手も動きっぱなしです。個体追跡法を用いた時間毎の観察なので、行動記録だけでなく観察時間のチェックにも気を遣います。お尻のあたりを嗅ぐ行動が見られるなど「何を意味する行動なのだろう」と生徒から疑問の声が上がります。生徒たちの観察の仕方が、ただ動物を楽しむだけのものから、どんどん研究としてのものに変化していくのがわかります。
園内では、その他の班も指導を受けながら、それぞれの観察実習を進めていました。
約2時間の観察を終え、レクチャールームへ帰ってきます。初めての観察でへとへとでしたが、「疲れた~」と言い終わらないうちにグループ毎で観察のまとめにはいります。キリングループでは、各個体で接近が多い個体に偏りがあることや、お尻を嗅ぐ行動(=フレーメン行動というそうです)が見られたこと、個体間でえさ場をゆずる場合と一緒に食べる場合といった違いが見られたこと、身体接触が2時間で2回と非常に少なかったことなどが挙がりました。記録シートを確認しましたが本当にしっかりと観察できており驚きました。
いよいよ各班の発表の時間です。①エンリッチメント班は、園内で用意されたエンリッチメントに関する工夫を探して、その傾向をまとめるものでした。動物の生態に関するもの(砂や石といった地面の作り、樹上生活する動物は立体的な構造にするなど)とおもちゃに関するもの(ボール、タイヤなど肉食動物に多い)が見られたそうです。先生からは「生態にあわせて地面を整えることは、実は動物園の基本です。動物にとって非常に大切なことに気付きましたね」とコメントいただきました。②キリン班は、まとめた内容を発表した後、先生から「個々でなくキリンに対する全体の理解が深まっていた。この短い実習時間で今後の動物の見方が大きく変化したと思う。」とコメントいただきました。③のチンパンジー&ゴリラ班は、個体追跡法と全体のスキャンサンプリングの2つの方法で観察を実施しました。チンパンジーはゴリラに比べて食事をする時間は少なく、グルーミングする時間が多かったこと、ゴリラは単体でチンパンジーは他個体といることが多かったこと、手を叩く・手を握る行動でコミュニケーションをとっていたこと、ゴリラは距離の近さが親密さの指標になることなどが挙げられました。先生からは「初めてにも関わらず2時間で個体識別ができつつあった。チンパンジーとゴリラのそれぞれの特徴がとてもよくつかめている。」とコメントいただきました。
最後に山本真也先生(京都大学高等研究院・京都大学野生動物研究センター)から総評をいただき実習の1日目は終了です。帰り際に、「実習どうだった?」生徒に尋ねると、「疲れました。本当に。」と返事がありました。「内容はどうだった?」と聞くと、「ものすごく有意義でした。想像していた以上にきつかったですが、研究というものに触れられて自分の考え方が変わりました。」や「全然うまくいかなかったけれど、班のみんなと議論を重ねて意見を言い合うことで、新しい意見が生まれていくのがすごく楽しかった。」と良い顔で答えてくれました。
ジュニアアドバイザーの皆さんを始めとした京都大学霊長類学・ワイルドライフサイエンス・リーディング大学院野生動物学初歩実習関係者の皆様、ご尽力いただき誠に有り難う御座いました。