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2026/08/11 校長Blog学園ブログ

校長Blog No.150『創立者を訪ねて② 大倉喜八郎翁』

本校の前身の一つ、大阪大倉商業学校は1907年に設立されました。来年は創立120年の節目を迎えることもあり、実業家として財閥を築かれた創立者大倉喜八郎翁の足跡に触れようと、生誕の地ある新潟県新発田市を訪れました。

新発田市は新潟市の東側にあり、南側には高い山々が連なります。秋から冬の景色は大変美しいとのことです。昔と変わらぬ同じ山々の景色を眺めながら…

【大倉記念公園】駅のすぐ前に大倉記念公園があります。こちらは、旧大倉製糸工場の跡地で、喜八郎翁の胸像と大きな石碑が設置されており、翁の功績が紹介されています。

【大倉喜八郎生誕の地碑】 駅から30分ほど歩いたところに、大倉喜八郎生誕の地碑があります。

途中、市役所があり、五階菱の市章が。もともとは、新発田藩主溝口家の家紋で、大倉家の家紋もこの五階菱となっています。本校の校章も大阪大倉商業学校の校章だった五階菱を組み合わせたものです。よくみると、道路のマンホールなどにも。

こちらは本校の校章です。

【喜八郎旅立ちの松】 十八歳で江戸に旅立つ前日に、友人と夢を語り合った場所だそうです。

【蔵春閣(大倉別邸)】 東京・向島の別邸の一部として、1912年に建てられ、伊藤博文や渋沢栄一ら政財界の大物や海外からの賓客をもてなす迎賓館としての役割を担っていたとのことです。大変立派な建物となっています。戦後、様々な変遷を経て、2023年に同じ創立者をもつ大成建設によって移築されました。

【大倉庭園】 蔵春閣の向かいには、翁が所蔵していた貴重な八角大石塔のほか、翁がこよなく愛した当時の風景を再現した日本庭園があります。

新潟空港内にも、サッポロビールの看板広告に、前進である札幌麦酒会社の設立者として、大きなお写真とともに紹介されていました。 新潟県新発田市出身の偉人として、地元の皆さんの思いや誇りを、肌で感じることができました。

民間人として初めて欧米に渡航し、日本の近代化、発展のために学校を設立された翁のこころざしに触れたいい機会でした。

*施設写真の掲載許可をいただいています。